板倉工法
  『板倉』という工法が木造建築物の建築工法として存在するのをご存知でしょうか?厚い板材で、壁・屋根・床を構成するこの工法の、優れた断熱性と調湿性を理解していた、いにしえ人は、その保存環境の良さから、米倉や倉庫として用いていました。

 今年の2月の事だ。「節だらけでも良い。頑丈な家で健康に快適に過ごせる“終の住処”を建てたいんだ。」お施主様は私を呼びつけるなり、そうおっしゃった。そして、やおらビデオテープを取りだし、再生して見せてくれた。映し出された映像は、つくば市立東小学校の木造校舎の建設風景及びその解説がされていた。いわゆる『板倉』工法との2度目の出会いであった。

 確か2年ほど前の事だった。筑波大の安藤邦廣教授が提案する「板倉の住まい」がつくば市内に建設中だ。という話を聞き、緑友会や木青協の面々と連れだって、見学に云ったのが最初の出会いであった。
 4寸柱の間に溝を彫り、厚み1寸(3p)の縁甲板を上から落とし込み、壁体を強固なモノとし、木摺りを貼って漆喰もしくは珪藻土塗り仕上げとする。通常の木造住宅の約2倍の木材を用いるこの工法に、まさか自分が挑む事になろうとは夢にも思っていなかった。

一枚一枚、板を落とし込む
 この『板倉』工法に取り組むに当たり、施主である I 氏は、大工の田中文男棟梁〈東京都新宿区:(株)槇木〉を紹介してくれた。古民家の再生や佐賀県吉野ヶ里遺跡・茨城県国史平沢官衙遺跡(当社より車で5分)などの復元に尽力されている方である。(詳しくは住宅建築2000年3月号参照)

 彼の造る板倉は私からすれば、「凄い」の一言である。基本的に柱・桁・敷鴨居は5寸角。これに厚み2寸(6p:しかも実は2重である)の板を用いる。これをダボ(木製釘?)で納める。桁と2寸板を用いて合成梁として、胴差し等にするのである。(さすがに実(さね)の2重加工は私には無理でした。)断熱材は使わない。(断熱V地域では)必要がないのだと、棟梁はおっしゃる。

 これまで4,5回お会いさせて頂いたが、初めてお会いしたときから豪快な方である。私の様な者でも、まるで弟子であるかのごとくお教え下さり、そして遠慮なく怒鳴る。
「板倉は田の字型の家が一番(理想)なんだ。」「俺とヤツ(施主 I 氏)は年齢を超えた親友なんだ。解らない事があったら何時でも連絡してこい。そして良い家を建ててやってくれ。」励ましなのかプレッシャーを掛けているのか、兎に角、着工は迫っていた。
  私も、木工事を受け持つK棟梁も初めての工法である。資料を集め、暗中模索でのスタートであった。材木屋・設計者の立場から私が拘ったのは、茨城産の木材をふんだんに使う。という点である。お陰で土台・壁材・束・下地材等、約6〜7割を県産材とする事が出来そうである。
 
 問題を挙げればキリがないが、10月5日無事上棟式まで漕ぎ付く事が出来た。通常、棟上げ後行う「屋越し」は1階は組立途中に3度に分けて行った。なぜなら1度組んだ骨組みがビクとも動かなかったからである。データを作成出来ないのが残念であるが、私が携わった住宅の中で最も堅固な建物であろう。

生意気だが一つ提案したい。
全国の大工さん・材木店さん・木材生産者さん。この様な工法は特別な会社でなければ出来ないモノではない。敷地条件などにもよるであろうが、誰にだって出来ると思う。いや、やらなければいけないと思う。そうすることが産地である山の未来を、住まう人であるお施主様の快適な生活を手助けする事になると思うからである。

 私とK棟梁の苦労?はこれからも続く。「お互い勉強だからな。」ブツブツ言いながらも棟梁の顔は楽しそうだ。施主である I 氏もタマに友人や知人を伴いやって来て、自慢げに建物を見て回っている。。私もこの現場のお陰でハラハラドキドキ、毎日が楽しくて仕方ない。皆様に胸を張って「どうぞ、見に来て下さい。」そういえる『木の住まい』が出来るか否か。乞うご期待!

壁を組み上げる

棟上げ間近の I邸
2001Nov.6